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素振りの繰り返し2012-08-09(Thu)

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最近、知り合いが写真展をやることが多くなった。
みんな様々な工夫をしたり、作品作りに苦心したりしているのを興味深く見ている。そして展示をするなら最終的には個展を目指すべきなんだろうなとも思った。

見に行った展示について、知り合いだということに甘えて、時には厳しい意見もした。私なりの理由もつけて。それが的外れな内容だったかもしれないが、それは私が未熟なだけなんだろう。見逃してもらうしかない。

先日、展示をした知り合いと飲みにいったので、私の展示の感想も聞いてもらいつつ、私自身の写真も持っていった。言われっぱなしも嫌だろうなと思ったのもあった。

写真を見てもらいつつ、話をしたが、私の写真を撮るスタンスはあんまり良くない、あるいは人とは違うのかもとも思った。

というのは、「スライさんは展示をしないんですか」と言われ、「基本的にはあまり興味がない」と答えた。
「なんで興味がないのか」ということだったが、私の今のスタンスは「いつかのため」の練習という思いが強いから。「誰も素振りなんて見たくないでしょ」と答えた。飲み会に写真を持っていって見てもらうのは、いわばコーチにフォームのチェックをしてもらうようなもの。感覚的にはこのブログでもそう。だから褒めてもらうより(それはそれでもちろんありがたいけど)、ダメならダメと言ってもらった方がいい。出来れば理由も添えて。でないと直せない。

全く展示をしたことがないかというと、そうでもない。誘われてグループ展に参加もした。もちろん見に来てくれる人に対し失礼がないようにその時出来ることの最大限をするようにはしている。その一方、「いつかのため」に使えるアドバイスも展示すると得られることも多い。だから気持ちとして練習気分がないと言ったら嘘になる。「作品」と気軽に呼べないのもその辺に理由があるのではないかと思う。

その「いつか」とはいつなんだとよく考えると、やはり自分にとって大事な人を撮る時なんだと思う。

渡部さとる氏が著書の中で、新婚さんを撮るときはその人たちだけじゃなく、周りの環境も写るようにちょっと引いて撮ると書いていた。それは写っている人のためでなく、その子どもたちのためで、結婚した時両親はこういうところに住んでいたんだと分かるように、というようなことを書いていた。すごく大事なことだと思った。こういうことってちゃんと意識しないと撮れない。練習中の身としては知りたいことはこういうこと。

大事な人の写真を自分が撮る。そしてそれを自分が持っているということが重要だと私は思っているのだろう。自分でいいと思える思い出の一枚というところか。写っている人が喜ぶとかも、もうない。自分が、なのだ。失敗してても「味がある」などという言い訳もきかないし、逆に変な顔で写っていても大切な一枚ともなり得る。あくまで基準は自分なんだと思う。

自分にとってだけの大切な一枚。それを誰かに見せる必要なんてあるのかと思ってしまう。今の時点ではその必要はない。だけれども、それ以上に見て欲しいと思うような写真が撮れたら個展をしたいと思うのだろう。


Fc2blog - ジャンル:写真 » テーマ:銀塩写真




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