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ここにいる偶然に感謝する2009-07-23(Thu)

Tag : 
NikonF3 AiNikkor50mmF1.4 KodakEktar100 

『花の中に私はいる』
Nikon F3
Ai Nikkor 50mm / F1.4
Kodak Ektar 100
今日はお別れ会だった。
ある留学生が帰国するのだ。私はその人とあまり話したことはなかったが、うちのクラスの子たちは親しくしていたらしく、こうしてお別れ会が開かれることになった。

できるだけ多くの人が参加できるようにと幹事の労も気にすることなく、二回も開催される。その一回目に参加してきたのだった。

お別れ会ではあったが、私はとても居心地の良さを感じた。それは彼らが本心から別れを惜しむ気持ちと留学生に対して感謝がうかがえたから。

爽やかで華やかな彼らの笑顔は美しい花に見え、その中に私もいられたことはとても嬉しいことに思えた。

ここのところ滅入るようなことが続いていたが、今日の飲み会は私の落ち込んでいた気持ちを持ち上げるのに十分なものだった。

『人から受けた痛みは、人によってのみ癒される』とどこかに書いてあった。本当にそうだと思った。

Fc2blog - ジャンル:写真 » テーマ:季節の花たち




Comments(2) | Trackback(0) | Nikon F3 Ai Nikkor 50mm F1.4

ご冥福をお祈りします « HOME » 自分の無力さに残るのは徒労感

Comment

おじゃましま~す♪
怒りつつも、イイ写真を連発されてますね。この花の感じはFAB!です。

さて、関連エントリーを例によっていろいろと読んでいましたら、
『免罪符』っていうエントリーがガツン!と来ましたです。

他の場所でも話してきたんですけど、最近は視覚と聴覚だけなんですよね。
知覚するのに使われてる感覚って。
一番ダイレクトにくる筈の触覚は、はなから拒絶されたり敬遠されたりする。
汚れたり痛いのイヤ!から始まって、自らにずる賢い予防線をはるのです。

無駄や失敗を繰り返してでも見えないものを知ろうとする様を
「手探り」っていいますから、やっぱりソコを避けてたら駄目でしょうね。

2009-07-24 09:28 | URL | G.D.M.T. [ 編集]

>G.D.M.T. さん
いつもありがとうございます。

予防線を張りすぎてなにも出来なくなっているのかもしれません。
時にはそれは自分を本当に守るために必要なことなのかもしれませんが。

最近すごく思うのは、『知る』ということに待ちの姿勢が多いこと。
誰かが教えてくれるまで待つ。自分が知りたいことなのに。
『知ろうとする意思』があれば情報は集まってくるように思います。

2009-07-25 00:25 | URL | スライ [ 編集]

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